Waterworks
Waterworks Radio

八郎潟

建設 1957 - 1977
所在地

秋田県

技師
Adriaan VolkerPieter Jansen

八郎潟はかつて国内で2番目に大きかった湖でした(周囲長約80km)。秋田県男鹿半島にあるこの湖とその周辺地域は長い間、冷害による米不足や頻繁に起こる氾濫などの問題を抱えていました。第二次世界大戦後、日本政府は食料生産の向上と氾濫の緩和を目指し、湖を農地に変えるための大規模な干拓事業を開始しました。しかしこの野心的な計画には、この浅い湖の水を抜く必要があり、それには高度な土木技術が必要でした。

1954年、日本政府はこの事業への協力のため、ピーター·ヤンセンとアドリアン·フォルカーを招聘しました。彼ら日本からの提案を基に計画し、1957年に工事開始、1977年に竣工しました。その結果、湖の面積の80%が新しい農地に転換され、残りの部分は水位を管理するための調整池と暗渠排水になりました。干拓により、貴重な農地が造られただけでなく、新たな生態系も生まれました。この場所に植生がはじまると、、生物多様性、特に野鳥の多様性が頻繁に観察されるようになりました。

楽曲:CHIHEI HATAKEYAMA

このアルバムは、八郎潟周辺で収録した環境音を基に、干拓地の現在のインフラを音で表現したものです。東と西に位置する承水路、経緯度交会点標示塔、大潟橋、大潟草原鳥獣保護区、眺望スポット周辺で収録しました。

Civil engineering has shaped urban form and planning in Japan for centuries.
For long, the country has been threatened by natural hazards such as flooding,
typhoons, earthquakes and tsunamis — with engineering traditionally
providing the necessary defences.

During the Meiji era, the Japanese government invited Dutch hydraulic engineers
('watermannen') to help improve water infrastructure. Their innovative solutions
exemplified international collaboration during Japan's critical modernisation
period and underscores the enduring bond between both nations.

Initiated by Field Records, Waterworks covers over 50 Dutch waterworks developed
across Japan during the Meiji era. Navigate around the map and click on sites' names
to learn about their development — often accompanied by visual or sonic impressions.

長い間、台風、地震、津波などの自然災害に脅かされてきた日本。土木工学は従来より災害防御の
手段として、何世紀にもわたり日本の都市形態と都市計画を形成してきました。明治時代、日本政
府はオランダの水利技術者(「ウォーターマンネン」)を招き、国内の上水道インフラの改善に協力
してもらいました。オランダ人技師達が伝えた革新的な技術は、日本の近代化の重要な時期に大き
く貢献した国際協力の好例であり、両国の永続的な絆につながっています。

革新的な影響を与えたにもかかわらず、オランダ人技師による日本の治水管理への貢献は、今まで
大きく注目されていませんでした。本展示「Waterworks」は、明治時代に日本各地で開発された50
か所以上のオランダ上水道跡を展示した、フィールドレコーズ始動の日蘭共同プロジェクトです。
地図上の史跡名をクリックして、その場所の写真や音響とともに、歴史や開発当時の様子を学んで
みてみてください。